TEAL BLOG

Got to be strong enough to walk on through the night
There's a new day on the other side
Got to have hope in your soul
Just keep on walking, just keep walking
Relight my fireという曲の中でLolitta Hollowayが歌い上げるあまりにも印象的な歌詞の部分です。この曲はDJ LARRY LEVAN / PARADISE GARAGEによって単なるディスコヒットから特別な夜のアンセムとなりました。STRONG ENOUGHというフレーズはその後THE STRONG ENOUGHという曲にもなり、MIX/VINYLもリリースされている。LOLITTA HOLLOWAYが月曜日、天国へ旅立った。この約2週間の間にあまりにも日本の中でめまぐるしく、重く、多くの事が起りすぎて東京に生きている私も自分で自分のコントロールが出来なくて弱音を何度も吐いた。そして、今日を、目の前のこの1週間を生き抜く事にこんなに必死に向き合っているのは生まれて初めてだと思います。 今まで自分の人生にあった大変な事なんてとても比にならない。今確認出来るのは私はまだ生きていて希望を失っていない事だけど、この抱えきれないほどの心の痛みが消えるのはいつなんだろう。
そんな今の私にとってSTRONG ENOUGHは最高のメッセージでもあります。
LOLITTAが居てくれたから今もある素晴らしい音楽を心に、これからを生き抜こうと思っています。
がんばるぞー。
Because I'm strong enough to...
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FOREVER LOLITTA HOLLOWAY

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溢れる仕事量にやられていた私の小さな脳みそに一撃してもらいました。噂のバンド女王蜂の初、全国流通のCD "魔女狩り"を購入してしまいました。なんだか既に少しいけない事をしてしまったような感覚が、いい感じ(笑)まずじっくりCD聞くというより多分、最初にLIVEを見るべきなんだとは判っているのですが、まだうまくGIGに行けてないんで。さっそくCDを開けたら紫のHAIR一束入りでございました。ジャンルとか、形式とか超えてかっこいいものはかっこいいんだと思うんです。そういう感覚的なもののみがすべてだったりする世界があります。まさにロックという音楽とはそういうものでもあったはず。次の世代の自由な表現者の彼女たちがそういうバンドである事を期待しとりますー。

ここんところLOUIS VUITTON 2011 S/Sのアートワークとデザインにやられています。かっこいいー。
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1970年代前半のイメージで、その頃の山本寛斎さんのティストもインスピレーションになっているらしい。私的には、70年代後半チャイナ風とか、こういう色合わせとか派手なのがんばって買ってました。そしてそのファッションを着て行く場所はDISCO!だった。今回のコレクション、全部欲しい(無理だけど)。全部クラブファッション! こういう人にクラブへ来てほしい。そして、山本寛斎さんと言えば、やはり、山口小夜子さんを考えずにはいられないです。あんなに素敵な日本人モデルがいた事を誇りに思いますし、その実際のウォーキングは舞踏か、演劇か?とにかく違う次元のもののような感動を与えてくれたのを覚えています。今年の春の夜のファッションはSUPER ORIENTALで決まりですな!

MUSICMAN250.jpgDJという仕事がこんなに有名になっちゃったのはいつからなのか?
たまに考えますよね?まったく、本当のDJって何なんだろう?まったく同じ曲をかけてもDJによってそのかけかたや順番ですべての流れが変わってきてしまう。個人的には、すべてのカウンターのお客の好みや食べる早さを判りながらベストタイミングで次を出してくる寿司シェフにもたまにDJ性を感じる事があるんだけどね。必要なのは選び方+愛情+センス+知識+経験そして何よりもそれを実現できる技術なんだろうね。そのマジックのような感覚に度肝を抜かれ、流行ってるらしい曲を適当にかけて盛り上げて、おれもみんなをコントロールしてしまう夜のマスターになっちゃって、みんなにすごいっと言われたい!!と何よりも最初に必要な音楽へのリスペクトよりも自分の事だけ考えてる勘違い君たちが持ち合わせていないものを隠しながらたくさん自称DJになった。夜の繁華街あたりで石を投げればかなりの確率でこういうDJにあたるだろう。そんな事も許してしまうDJブースのあるクラブもどきのお店ではフロアでも踊らずにわーわー言うだけで気持ち良くなる人だけが集まる。それはそれで需要と供給があるので成り立っているのも事実だ。しかし、ダンスフロアにのみ照明があり、音楽の一音ごとを共有しながら一緒に一晩作って行くという事はどんなに深く楽しい事かを覚えてしまうと他の事では満足できなくなるものだ。今週金曜日のMUSIC MANはこういう楽しみを知っている人にこそ来てもらいたい。そして2011年2月25日の夜の瞬間、どこよりも深いDANCE FLOORを作り上げる共犯者と目撃者になってもらいたい。DJ NORIのPARTY "MUSIC MAN"にDJ EMMAがゲスト出演します。場所はもちろんELEVEN。日本が誇る最高のDJ2人による99.9%レコードでの選曲を一晩に聞けるとは最高に贅沢だね。今回の開催に伴いMANHATTAN RECORDSでもこんな企画がありーの。やばい。全部買いたくなっちゃいますねー。

やっぱりN.Yはわたしにとって最強のパワースポットみたいです。ほんの3日くらいしか居れなかったんだけど、かなりのエネルギーチャージが出来ました。なんだかニョロニョロに(ムーミンの)なった気分。しかもシカゴあとのためあんまり寒いと思わなかったよ。
いろんな出来事がありましたが、まず、ここに書こうと思うのはこれです。
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このエントランス、何だと思います?(あ、写真とってる私が少し映ってます。幽霊ではありません!)まるでクラブかラウンジのエントランスのようですが、実は違います。GYMです。そう、あのDAVID BARTON GYMです。このWEBも必見です。奥様のスザンヌバーチももちろん現在ナイトクラブ界に戻り、相変わらずスーパーなパーティを繰り広げています。そして外にはこの広告。やばい。左から2番目はスザンヌ様ですね。左から5番目のマッチョ君がDAVID様です。ワーオ。
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まるでクラブのフライヤーかデコレーション!23丁目のここのGYMには数年前に中に入った事があるんですが、ガンガンにダンスミュージックがかかり、その中でみんながワークアウトしてるすごい空間でした。DJも当然のように入るのでスケジュールが掲げてあった。あらゆる年齢でダンスミュージックが好きな人が多いという事でしょう。こういう所のN.Yのセンスが大好きです。私もこのGYMに行きたーい!

warehouse.jpgCHICAGOに来ています。気温がマイナス16度。地元の人達もびっくりする寒さの中、HOUSEMUSIC発祥の場所 THE WARE HOUSEの跡地へ行って来ました。この決して大きくないお店のエントランスは左側で、一度2階のラウンジへ上がり、そこから1階のダンスフロアへ降りるそうです。FRANKIE NUCKLESがプレイしていたDJブースは向かって右側にあったそうですって。行きたかったねー。この道にはHONORARY THE GODFATHER OF HOUSE MUSIC FRANKIE KNUKLES WAYと書いてあります。夜中に踊るための音楽が新しい音楽を生み、それが世界のグラミー賞を取ったり、市がこういう名前を道につけてしまうというダンスミュージックのありかたを見てしまうと、お店によっては風営法があるために夜中に踊ってはいけないんだよ、しかし理由はよくわからない、という世界中の人から何それ?って笑われてしまう今の日本の状況を是非、もっと文化的な方向へシフトさせてもらえないのか?とつくづく考えてしまう。何故なら日本はいつも新しく、良質な音楽を見る目があり常に取り入れて来た。世界的なバンドやアーチストはいつも日本に発掘されている。ハウスを含む良質のダンスミュージックもそうだ。今、ハウスミュージックは新しい音楽のジャンルとしてすでに何十年もあり、世界規模のビジネスでもあり、それはダンスミュージックである事は事実なのである。2010年代は是非、本当の意味で、アジアという地域の中のダンスミュージックシーンをリードして行く国、そして観光の都市になる事を願います。
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もともとフライヤーは唯一のパーティ情報源だったんだけど、今は紙のフライヤーも少し作るけど、やっぱWEBのみ?とか、どっち着かずの状況ですよね。どうするにしてもやっぱりこれは一つのお店の表現方法である事にはかわらないはず。なのでどういうデザインなのか?はとても大切。例えば、あらためてBERGHAINのマンスリーのARTWORKとか見るとやっぱりすごい。超かっこいい。ここのクラブにしか出来ないデザイン。まさにお店の内容とすごくリンクしていて最高です。実際はその感覚こそが最初に必要なんだと思うんですよ。クラブって。ね。ULTRA MUSIC@ageHaでは、去年の春からフライヤーのアートワークはデザイナー田所氏とDJ EMMAアイデア&監修のもとに作ってます。ざっと並べてみるとこんな感じ。なかなかでしょ?
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THE SAINTとは、80年代のN.Yを代表するメンバーズダンスクラブの名前で、そのクオリティの高さはさまざまなアーチストに影響を及ぼした。今年2010年9月でSAINTがオープンしてから30周年を迎えた。

30th .jpgN.Yでは今度の日曜日にTRIPPI'N ON THE MOONというSPECIALパーティもあります。今までのレジデンツDJがみんな出演し、RICHARD TUCKERというライティングエンジニアも出演する。スゴーイ、出席したかったなー。そんなTHE SAINTへの最高の尊敬の気持ちを私なりに表したくてTHE SAINTについて書きたいと思います。まず、最初に足を踏み入れたきっかけはと言うと、84年からN.Yに居た私は東京の友達が旅行でN.Yに来たので会おうって事になり、彼の親戚がそのころアッパーウエストサイドにあったNISHI RESTAURANT(有名なJAPANESE RESTAURANT) のNISHI氏の親戚だったという事から始まる。84年か85年だったと思う。NISHIでご飯をみんなで食べたあと、お店の若い衆が私たちを連れ出してくれた。私「何処へ行くの?」彼ら「N.Yで一番素敵なお店よ」私「?、AREA?」{注:そのころ私がよく通っていたのはDANCETERIA。AREAは出来たところでかなりいけてたお店でしたので自信を持って言ったんだけど。}彼ら「違うわよ。もっと素敵なところよ!」私「えーっ?それどこ???」で、降りたところはイーストヴィレッジ2nd AVE & 6 st。そのころは2nd Avenue側にエントランスがあって、ドアマンがいた。私はSONIA RYKIELのスカートをはいてた。そしたら、そのドアマンが「本当に申し訳ないのですが、スカートの方は当店にはご入場いただけません。もしもよろしければ、パンツに履き替えて来ていただけないでしょうか?」と言っている。えーっ?英語を聞き取れていないのか?スカート履いてると入れないってなんなんだろう!?意味が分からないー。とにかく私を入場させたくない理由なのかとも思ったんだけど、凄く丁寧だし。みんなも”着替えてきて再度入ろうよと言ってくれたので、またそこからアパートまで戻り、またダウンタウンへー。NISHIさんが実はSAINTのオーナーともお友達だったという事ですごく良くしていただいてた事があとで判明。その頃はゲストリストに載る事自体が凄く難しかったようです。とにかく、そんな事で1時間後くらいお店に入ったらまたまた違う衝撃が!ここは?何???いわゆるMEN'S GAY DISCOなのでその中に居た99%が男性。だからスカートNGだったのね?しかもほとんど全員上半身裸。それも何千人?音楽はとにかく上がり続け、照明の嵐!天井はプラネタリアムを使用したドーム。この頃の初期メンバーの人達は各分野でトップの仕事をしている人達が多かったのでこのお店にはアメリカ中の最新鋭のテクノロジーとデザインが使用されていたのよね。とにかく、とにかく、かっこ良くて、すごくて、衝撃を受けて帰りました。それが私のSAINT デビュー(笑)その後、DJ N氏の影響を受けて再度THE SAINTへ行くようになり、メンバーシップも何度か取りました。まず、全体のデザインが限りなく無駄のないミニマリズムでかっこ良かった事と、ドームで音楽に包まれる感覚とか、照明がDJの隣で同じモニターを聞きながらオペレーションやっている事や、プラネタリアムの星空の下で踊る感覚とか、オリジナルのジャンルの音楽が発生している事とか、すべてがすごかった。天才ライティングマンRICHARD SABARA氏の技は、その後AIBA君をライティングエンジニアにしてしまうほどの影響力だった。今でもメンバーカード持ってるよ。こんな感じ。あと、思い出一杯のホワイトパーティのTシャツ。
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歴史的な映画を見たり、本を読んだりという事にも匹敵するくらいのすばらしいものを見て、体験出来た。同時期にPARADISE GARAGEにも通っていたのですが、これらのクラブで感じた事が今でもダンスミュージックに関わる仕事を続けて行く原動力になっている事は間違いない。HAPPY ANNIVERSARY THE SAIT.
DANCE MUSICのすばらしさのおかげで私、どんだけ幸せなのか。THANK YOU。THE SAINTクローズ後も今の感覚と融合しながら新しいパーティを作り続けているTHE SAINT AT LARGEのWEBでも昔のSAINTの事が載っているよ。

本日、9月1日は堀切ミロさんの命日である。
堀切ミロさんというのは、60年代から日本のファッションシーンをリードし、スタイリストという仕事を作り、平凡パンチまたはアンアンという雑誌の創刊に影響を及ぼし、夜は伝説のクラブのオーナーでもあり、絵もうまくて個展もしてしまうし、モデルでもあり、というまさにONE AND ONLYのすばらしい才能が溢れ出るお姉様であった。
GOLDというお店の仕事をした事で本当にたくさんの人と出会えたり、貴重な経験をしたのですが、ミロさんと知り合えた事はそのナンバー3に入っている。
10代の頃からアンアン、ノンノ、原宿に憧れて育って来たわたしにとって雲の上の人物だった。その頃、最新の事が常に載っていたananで誰かがコメントしていて、"シームの入ったストッキングにハイヒールが似合う女は堀切ミロだ。"というのを読んだ事も忘れられなくて、どんな人なんだろう!??と、私の憧れはMAXに達していた。なので、GOLDで初めて会えた時の事は忘れられない。このひとなのかー(驚、超驚き。)MILOさんはとにかく夜が似合っていた。お酒もタバコも似合う。その後、いくつもの夜を経て、もう少し近いお友達になった私は、90年代後半に出来たCLUB雑誌 "FLOOR"にてミロさんによるクラブファッションのスタイリングページを企画提案した。今思うと、スタイリストという職業を作り、有名芸能人を手掛けるミロさんに対して、とても無謀な企画だったんだけど、その辺の子たちよりもよっぽど夜の楽しさをわかっているMILOさんが今の若者に発信するクラブファッションのページは絶対面白いはず!と勝手に思い、お伺いしたところ、”いいよ、やる”と言ってくれた。そこからミロさんがスタイリングして、何故か私が写真を撮るというびっくりするような企画が何ヶ月か続いた。その中でも忘れられないのが二人でタイにロケに行った事である。本当はMILOさんがとにかくタイに行きたいのに一緒に連れてく男の子が決められなかった事から始まるんだけど。MILOさんは現地で出会う人に持って行った洋服を着せて写真を撮りたかった。上手くいくのかなーと、少し不安だったんだけど、翌日私たちはサムイ島で運命のようにイメージに完璧なモデルと出会った。彼女は性転換をした元男性であったけど、とにかく凄くかっこ良かった。島にいるのにずば抜けて都会的に見えた。私もミロさんも世界で一番この子がかっこいい!と言いたいくらい素敵だった。洋服のサイズも、すべて完璧だった。私たちは、なんだかこの一瞬のためにタイに来たのかも、と思ってしまうくらい有頂天になっていた。夢のような数日間だった。その時に撮った写真と、その号のFLOORの表紙はこれです。
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そんでもって、この号では、80年代特集をやっていて、こういう対談ページも私が企画してます。当時あったVOLGAというレストランにて、80'のクラブ文化についてDJ NORI、藤原浩、YUMI YAMAZAKI(AZZLO)、重松理(UA代表取締役)、佐藤としひろ(MY BOSS)という方々に対談してもらっています。今読んでも面白いです。いろいろやってますね、私(笑)。
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そんなすてきな思い出がいっぱいあるミロさんは2003年9月1日にこの世を去ってしまった。彼女の大好きな西麻布近く、長谷寺に眠っている。今でも楽しいパーティの夜中に、ふと、”今日は降りて来てんじゃないのかなー?”と思う事がある。
ミロさんに見せたかった事がこの7年間にいっぱいある。そして、MILOさんに怒られないように、かっこ良く生きるようにしなきゃ、と自分を励ましちゃったりする事もある。
絵がうまくて、おしゃれで、セクシーで、怖くて、やさしくて、踊るのが好きだったミロさん。私ももう少し、頑張ります。
これはMILOさんが亡くなった直後、2003年9月5日の朝日新聞に載っていた記事の内容です。「いろんな国を旅してたくさん服を見た。先端の流行も追った。でも、結局欲しかったのはこんな服」と、最後に自身が作っていた洋服へのコメントが載っている。
「いい服には必ず歌と踊りがある。」と。
I LOVE YOUミロさん。ずっと尊敬しています。
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3月にフランクフルトの音楽、映像、照明の機材見本市に行って感動しちゃってから、こういうEXPOに興味を持ってしまいました。それに、今回は特に、そう特別なんです。なぜならば、われらがNITELIST MUSICのK-SOBAJIMAこと傍島氏が現在オヤイデ電気さんでの仕事で作っているいわゆる電源ケーブル。今、音楽を作る人、DJたちの間ではかなり話題な物なんですが、この作品がなんと、GOOD DESIGN賞というのにノミネートされているっちゅうんで、前夜には西麻布で朝まで飲んで踊っていたにもかかわらず、UNU中市君と行ってきました。電車で行くと、ビックサイトは案外アクセスが簡単なんです。国際展示場駅からの歩きは、猛暑の中、少し遠かったですがなんとかエントランスに到着ー。
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陳列されている物、物。おー。自動車から、家電から、かなりのカテゴリーに分かれてGOOD DESIGN賞候補の物があふれていました。端っこから見て行きましたが、へー?あ、これすごーい、なんて言ってるとキリがなく全然進みませン。
その中でも個人的に気に入ってのはルフトハンザの機内食用のプレート。ミニマルで機能的なデザイン。いいですねー、かっこいー。
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歩いて歩いて、やっと到着。これでーす。世界のDJから注目されてるOYAIDEのケーブルでーす。
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最新のUSBケーブルも出しておりました。
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GOOD DESIGN賞とれますよーに!!!

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