TEAL BLOG

なぜかというと、やはりHOUSE MUSICという新しい音楽があったからなんだろうね。
あんなにみんながわくわく、引きつけられて遊んでしまった要因は。
GOLDは1989年11月27日にオープニングパーティを行い(たしか3000人くらい来たと思う。完璧なPARTYでした。)7FLまであるフロアは1FLエントランス魔のドアマンがいて変な人は入れてくれなかった。入ると暗い中にT.O.D.Tのオブジェがあり、通り抜けてKIOSK SHOPを抜け階段を上がると2FL。ここにもDJブースがあり、なんと私も以前ママーガレッツという名前でTっきーこと、PRINCESS SISTER MOONという相方とこの2FLにてANITA SARCOさんを目指してDJをしていた経験有り。
今書くとかなり 恥ずかしいですが。そういえばミックジャガーのプライベートパーティでもDJしました。少し自慢(笑)
トイレがあって、FOODカウンターでサンドイッチやホットドッグ、パフェも食べれたね。で、3FLに上がるとメインのダンスフロア。4FLが吹き抜けになった高い天井、元倉庫の雰囲気を残すコンクリートの壁、邪魔だった真ん中の柱、DJブースの入り口、VIP席、エレベーター入り口このフロアでの思い出はありすぎてしまう。JIM TOTH氏デザインのサウンドシステム、後半はHIBARI SOUND SYSTEMと名付けられた音響機材たち。
そして、もちろんHIP HOPもあったけど、やっぱりハウスミュージック。
5FLはLOVE & SEXという洞窟のようなエロいラウンジ。6FLは東京の夜の宝、CASBAのRちゃんがいたYOSHIWARA。会員制で、ご飯もたべれて、密会する人もいて、で、京都の舞子さんもわざわざ来ていたの。外人セレブたちはここで東京の夜の面白さにノックアウトされていました。なんとお風呂もあったのよね。東京タワーが眺められる10人も余裕で入れるジャグージ。
7FLではなんとムエタイのキックボクシングやってたり。ははは。今読むとなんじゃこれ?と思うかもしれないけれど、いろんなフロアでいろんな人達が楽しんでいたお店GOLDでした。現在、DJのコンサート的な要素の強い今の東京のクラブシーンから考えるとびっくりですよね。いい音楽があるのはあたりまえで、その少し先にどんだけ面白い夜があるか?という。とにかく今週もGOLDにいなきゃ!とみんな芝浦を目指した時代でした。
N.Yの86年、87年とは少し違い、もっと普通にヒットする曲がいろいろあったよね。
今日のルバロンで行われるG STAR RAW GOLD PARTYではどんな音楽が聞けるんだろうかー。
昨日いろいろ考えてました。
これも良かったね。大好き。

急遽、GOLDのPARTYを10/30にルバロンで行う事になり、佐藤社長を中心に丸の内ハウス"MUSMUS"にてミーティングしました。これはまた追って詳しく書きます。(早く書かないと開催日が近いからやばいですね 笑。)ミーティングのあとご飯食べてたら、スタイリストのBさんが「ひめ、今日ブギウギダンシングシューズの12INCH買っちゃったー」という話しになり。
それってCLAUDJA BARRYじゃーん、と。おおー。私の中のCLAUDJA BARRYは実は男じゃないかという性転換説のある(じゃなかったらごめんなさい。アマンダレアもじつはやっぱり女だったという話しだもんね!)大好きなアーチストであーる。
そして、今日GOOGLEで知りましたが、元"ボニー M"だっのね。びっくり。
この写真もすごい。初期のボニーM。どれがクラウディア様なんだろう。
image5.jpg

もちろんブギウギシューズも最高なんだけど、LOVE FOR THE SAKE OF LOVEもすごいし、SWEET DYNAMITEもいいんです。86年ころにDOWN AND COUNTINGという曲をリリースした時にPARADISE GARAGEでやったLIVEが凄すぎて私の中では狂気のクラウディア様のままなんであーる。前座?がそのころGARAGEヒットを出してたSYBILがFALLING LOVEを歌って(すてきでしたー。名曲。)その後クラウディア様がもちろんBOGGIE WOGGIE も歌ったんだけど、とにかくとにかくうまく書けませんが、エロくて、CRAZYで、私はこんなの見ちゃってお母様ごめんなさい!と思っちゃうくらいでした。で、そのあとのダンスフロアはそれはそれはGAYじゃない私もヤバいと思ってしまうくらいエロかった。なんやねん、それってこれ読むと思うけどね。すごかったんだよこの日は。活字ではかけないような事もオープン前から起こり、そんでもって2時過ぎに入った時にもうコートチェックのあたりまでスモークが届いていていつもは朝方にかかるTAMIKO JONESも既にPLAY中。おおー。なんやねん、今日は?
その日のLARRYは爆音を出し続け、とにかく私にとってガラージDAYZの中のいちばんすごい日でした。あんな(ぎりぎり)耐えられるかっこいいけど強烈な爆音を聞き続けたのあれが最初で最後だと思う。ふと途中で見ると、奥のラウンジルームの真ん中にすごくきれいなお花がデコレーションされてて、生まれて初めてE-2 E-4を聞いたのもこの日でした。爆音のあとにそれは美しく、あれ?まだこの曲かかってんの?と思っていたらみんな吸い込まれて朝、ダンスフロアで踊っていました。この曲でコントロールしてくれてなかったらみんなおかしくなってたかもね。そんな、この日の感情や思い出は私だけの妄想かもと思ってたんだけど、たしかGOLDが開いてすぐにDJのTさんと話してた時にTさんも同じ日に行ってたらしく、あれはやばかったよーという話しになり、あ、やっぱ本当だったのね、と確認しました。そして、その時に絶対GOLDをLARRYが来てもおかしくないようなかっこいい店にしようね、と話し合ったのを覚えています。うんうん。GOLDはその後、LARRYがプレイする事も実現出来たし、それ以前に日本のDJが基本で、そしてDJ以外の要素もすばらしいお店であったので、またあんな夜遊びがしたい!と思ったりする人は多い。だから今回のようなGOLD PARTYというお話しになるのね。うれしいですね。誇りに思うお店と、チームです。
これは当時使ってたGOLDの封筒とステッカーと、コースター、あとVIPパスです。
GOLDGOODS.jpg

なんだかGOLDチームは私にとって遠い親戚のような感覚なんだな。
同じ時間を、それも楽しい時間をたくさん一緒に過ごしてしまったからねー。

さて、寒い部屋は変わらないシンガポールですが、外はもちろんあったかでトロピカル。でも英語が通じて、人々はSO-NICE。ご飯もおいしいしー。かなり良いとこですね。
LITTLE INDIAでカレー、チャイナタウンで屋台も体験しました。
今、中秋のお祭り時期で、MOONCAKE(月餅だよね?)をたべてお月様を楽しむらしい。
いろんなMOONCAKEが売られています。
mooncake.jpg
昭和の日本の夏と秋のお祭りを足したような少しノスタルジックな感じがして、すてきでした。F1のコースも少し見れましたよー。お台場辺りでF1やる感じでした。高級ホテルはすべて満杯のようです。
F1 .jpg

そして夜、ZOUKの祭りは、DJ JOHN DIGWEED。すごく盛り上がりました。なんと、シンガポール市長が遊びに来たり、F1のせいか、大人のお客様も多かったです。
PARTY .jpg
AIBA&ICHI.jpg
ALI.jpg

ZOUKは、どの位置に立っても、まったく無駄が無くて、18年間で作り上げた不思議な安心感があるお店でした。スタッフもすごく良く動いているし、駄目だしまったくありません。なんだか、GOLDを思い出しちゃいました。音もすごく気持ちいいし。GOLDがまだあったらこんな感じなのかな?なんて。ZOUKのボス、リンカーン氏に最大のリスペクトを感じております。今晩はCARL COX @ ZOUK。さー、どうなるかなー?

シンガポールに来ております。今週はFORMULA 1 SINGAPORE GRAND PRIXナイトレースWEEKという事で、街中で盛り上げモード全開です。空港から市内に移動の時にF1のレース会場がちらっと見えましたがかなりかっこ良かったです。街中でこういうのがあるってすごいですね。という事で、BEYONCEやBlack Eyed Peasもコンサートやるらしいですね。そんな盛り上がってるシンガポールの老舗クラブZOUKにLighting AIBAとVJ UNUが招かれまして、私も同行させてもらいましたー。
二人はJOHN DIGWEED(Fri)とCARL COX(Sat)でオペレーションします!
http://www.zoukclub.com/main.php
思ったよりも過酷な暑さではなくてほっとしましたが、ホテル内が寒いー!
チキンライスが美味しいといろんな人に聞いていたのでさっそくトライしました。
CR 1.jpg
CR 2 .jpg

チキンスープで炊いたご飯はピラミッドみたいに盛ってあって、蒸したチキンといただきました。思っていたよりもさっぱりなんですね。写真はないけど、トムヤムクンも美味しかったです。
そして、こちらがZOUKのエントランス !
ZOUK AIBA 1.jpg
ZOUK AIBA 2.jpg
18年を迎えるクラブです、内装はなんだかガウディっぽくてすべてが曲線とタイルを施した壁で覆われています。なんだかほっとするVIBEのお店です。数々のすばらしい夜がここで起ったんだろーなーなんで思いつつ、店内をツアー。
週末に備えてAIBAのDATA入れが始まりました。スタッフの人達もとってもナイスで一安心。UNU NAKAICHI君も部屋でVJネタ調整中。おっとAIBAの必需品SUGER FREE RED BULLをコンビニで発見。色も可愛いですねー。
REDBULL LIGHT.jpg

TEAL USUKIです。
毎週、いろんな夜に出会います。
これは8月29日SAT ULTRA MUSIC @ ageHa
DJ EMMAそしてLIGHTING AIBAのレジデンツPARTYですが、
京都の今話題のバンド"SOFT"に出演していただきました。
CDは聞き込んでいたのですが、LIVEはその何百倍もすてーきでした。
文句無しに格好よかったです。
SOFT.jpg

良いLIVEのあとのダンスフロアが大好きです。
この日はこんな絵となりました。
AGEHA829.jpg

先週の木曜と金曜は丸の内ハウスにてJAZZイベント開始。
ハウスが誇るバルコニーで初LIVEを行いました。
出演者は小島大介'さん。ポートオブノーツや、AURORAでもおなじみの
ギタリストさんです。http://www.myspace.com/daisukekojima
DAISUKE-SAN.jpg
雨がいまにも降り出しそうな気配が反対にムードを作って、外の気持ちよさと、金曜日は満月という奇跡も加わり、ギターとアンプから出てくる音が風に乗って東京のど真ん中でのすばらしいLIVE SETでした。今週もJAZZ WEEKは続いていまして、ブラックベルベッツ、石川セリさんもLIVE予定です。丸の内すごいです!

新宿高島屋12階にある映画館テアトルタムズスクエアが8月30日をもって 閉館 してしまうらしい。なので、今のうちに一度でも足を運びたいと思っていた。 特に今週は最終週にふさわしく、みんながもう一度あの大きな画面で見たいというリクエストの名画を毎日上映している。私はエンターテイメント全般が好きなので、一時期ここがアイマックスシアターだった時も来ていたんだけど、日本ではあまり人気が出なかったみたい(不思議!)そして、今日、ずっと見たかった映画"セントアンナの奇跡"を見てきました!
セントアンナ.jpg
そう、これSPIKE LEE JOINTです。初めての戦争もの。
第二次世界大戦の時に実在した黒人のみの歩兵部隊"バッファローソルジャー"がナチスによるセントアンナ大虐殺の場に居合わせたというお話し。
実際のバッファローソルジャーの一員の親戚にあたるジェームスマクブライトと言う人の原作に感動したSPIKE LEEが何年もかけて作った作品である。
SPIKE LEEの初期の作品、"SHE'S GOTTA HAVE IT"は当時のN.YでVOICE、NY TIMES などの紙面上でだんだん有名になってきてこれ、面白いらしいよ、とみんなの中でも噂になり私も友達と見に行った。たしか、79丁目あたりのリンカーンセンターの映画館だったか? すべてが新しい映画だった。それ以来とにかく大ファンである。その後、マイケルジョーダンと競演したあのNIKEのCM、

YOUTUBEには1991と書いてあるけど、本当のオンエアは80年代でしたよね?まさにNIKE時代の始まりと言っても良いのでは?しかし、バスケ、マイケルジョーダン、そんでもって シカゴ、N.Y、あれ?これってハウスの流れにも一役かってる?と思ってしまうほど、私の80年代は音楽、アート、ファッション、ダンス等の黒人のアーチストの 才能に感動し続けたなー。90年代に一度、奥さんと、バギーに寝ている子供を押しながら歩いているSPIKE LEEをB'WAY&15丁目のパラゴンの前あたりで見かけた事がある。本物の夫妻はとても都会的でかっこ良かった。すれ違った事がめっちゃうれしかった。
この映画の冒頭シーンもN.Y。それも私のだーい好きなマンハッタンの中央郵便局だと 思われる。N.Y特有の古く、美しい建物の公共施設だ。しかしこの映画の内容はとにか く悲しい。是非みなさんも映画館かDVDで見てください。

SPIKEの先品はいつも、たいして本も読んでいなく、教養に欠けている私にもわかりやすく、アメリカの少し内側の真実をセンス良く教えてくれる。
彼の考える、今誰かによって行われている事や、自分が行っている事、すべてが何年も先の点につながっているという考えは間違っていないと思うんだよね。
であれば、私は何十年も先の次のDANCE MUSICの現場にどんなかけらを残せるか、
出来れば良い事を残せたらいいなーなんて真剣に考えちゃいました。

これは簡単に言うと、クラブオーガナイザーコンテスト。
RED BULLが厳選した4件のPARTYとそのオーガナイザーに翼などのテーマと希望を出し、どのPARTYが一番良かったか?を審査し、優勝者には再度PARTYを実地してもらうというもの。こういう一連を通して、おもしろいPARTYの実現に力を貸す事をRED BULLのブラディングと考える!という企画(だよね?T岡君?)である。私はなんと審査員で参加させていただきました。すっごく楽しかった。
redbull.jpg
審査員は他にRED BULLから1名と、漫画家の桜沢エリカちゃんが参加。私たちのコメントの他にもPRの状況や、RED BULLがどのように売られていたかとか、いろいろな審査規定内容をもとに、とうとう最終結果が発表されるらしい。しかし考えてみると今までRED BULLには本当にお世話になっている。仕事が続き、眠ーい時。何度救ってくれたか。最初のドリンクはRED BULL&VODKAの確率が高い。

                                      
振り返ってみると5/22 zerosen art show "SKYWALKER" @ WEARHOUSE では、RED BULLの缶を使ったART作品展示がおもしろかった事や、THE SUNPAULOのLIVEとその時のVJがすばらしかった事。
SUNPAULO.jpg
6/20 EDEN 7th ANNIVERSARY @ Air では、EDENが7年積み重ねて来た結果とも言える、あー、クラブの楽しさってこうだよねと思える遊びの原点のような物があった事や、この時に初めてLIGHTING AIBAが導入した最新LASER機材で、ブランディングと、ダンスフロアがすばらしかった事。特にAIBAはうちのアーチストなので、この日の内容を私が当日まで知らないようにするため、それまでAIRの事に関しては一切話さないようにするのが大変だった事も今となっては楽しい思い出だったり。
laser air .jpg
6/27 TRICO presents CIELO @ RISE TOKYO は初めて行くVENUEという面白さや
シャボン玉などの特攻にこだわった演出、DJの音楽もすばらしかった事。
7/10 CABARET @ UNIT では、CASSY、DANIEL BELLなどの海外DJにみんなが熱狂する今のDJ LIVEのシーンがあったり。
いつもだと自分関連の現場にしか行かなくなっていたので改めていろいろ体験出来てとっても勉強になりました。そして、どのオーガナイザーさんも表現しようとしている気持ちがすごく伝わって来ました。
東京って世界の中でもかなりの大都市だと思ってるんですが、そのなかで、4件だけでもこんなに違うティストのPARTYがあり、実際はもっといろんな現場が実在しているんだよね。クラブビジネスや、カテゴリーがこんなに多様している現実の中で、クラブカチャー、ダンスミュージック、踊るとは何か?と、その権利についてもっと考えて行きたいですね。

私はCLUBが、そしてDISCOが大好きである。
とにかく、大好きな音楽が限りなく良い音響で聞けて、踊れる。
なんという至福の時なんだろうか。これは人によっては 
”えーっ、踊るんですか?なんで??”
そう思う人も多いですよね。
しかし、人間はすごく昔からいろんな単位で集まり、リズムを奏で、
歌い、踊って来た。
そこでお見合いをしたり、豊作を願ったり、いろんな事があっただろう。
多分その頃からそれを仕切る人がいたり、(その子孫が今のオーガナイザーなのか?)
太鼓を叩く人がいたり(これはDJだろーか?)これも上手な人と下手な人が
いたんだろうな。今と同じように。いろいろあったんだろうな。
私が中学校の頃、すーっごく行きたくて、入りたくてエントランスにあった照明を見て何だかわからない感情に立ち尽くした店がある。もちろん、一度も入れなかったままでしたがその時の事をはっきり覚えています。
名前は、"アストロメカニクール" ASTRO-MECHANICOOL 。実は1968年に
すでにオープンしていたのでした。そして、すごい事に、あのMUGENを作った
浜野安宏氏がネーミングをしたお店だった事がつい最近わかって、改めてびっくり! 
すべての点が線になったような気がしました。この写真は1968オープン当時の物です。
Photo by Terufusa Nomoto
http://www.lint.ne.jp/nomoto
gogo_m.jpeg
この頃はゴーゴークラブという形式でした。私が行きたかった頃はSOUL MUSICとかだと思う。
バンマッコイとか、テンプテーションズとかかな?
その前はダンスホールでBIG BANDのジャズ、そのまた昔はチャールストン、ワルツ だって、その頃の最先端のダンスミュージックだったはずです。
こんな事書くとソシアルダンスの方達からクラブと一緒にしないでくれと言われそうですが。
80年代にNEWYORK メトロポリタン美術館でダンスとファッションの歴史展というのをやっていました。部屋ごとに展示が分かれていて、貴族のようなロングドレスで舞踏会の設定もあれば、膝丈のドレスにはチャールストンが流れ、サイケデリックファッションの部屋にはROLLING STONESが流れ、最後のコーナーはSTUDIO54でのHALLOWEEN PARTYの時の参加者の衣装が飾られていた。
ピエロの衣装だったと思う。ニューヨークはすごい!と思った。
ARTとか、音楽とか、解ってる大人の人達がたくさんいる。
ますますNEWYORKが好きになってしまった。
いつか日本でもダンスミュージックやファッションへの理解が大人の中で生まれ、
ああいう展覧会を日本でも行える日を、とまだ思い続けています。

LIGHTING AIBA君の誕生日WEEKのGIGは通常WOMBにてAIBIRTHDAYと称しているん
ですが、今回は日程的にも7.25 Sat , ULTRA MUSIC @ ageHaという事になり、 じゃあ、かねてからやりたかった最新LASER SYSTEM+αやってもいいよと言われ、 機材設置決定。
すごーい。てなわけで、この日、最高のおもちゃ2機を動かせる事になってしまった誕生日君は夕方からageHa入り。
この日のGUEST DJはCEVIN FISHER。レジデンツはもちろんDJ EMMA。
WATER BARにWOMBのSESSION CREWも参加。 始まる前からこれはただならぬ事が起きる予感にどきどきしながら開始→CEVIN氏がSOUND CHECKに登場。
全員がこの人すごくいい感じと思ってしまうほどナイスな人柄と ageHaのARENAとブース環境をかなり気に入ってくれている様子。良かったー。
この日はいろんな濃い方達が来てくれました。
仙台YANKEE COURT TEAM, UKUMORI,YOHEY SUZUKI, UNU,
TEAM RED BULL, SHOTARO, KO KIMURA , AND ALL OTHER REAL NITELIST PEOPLE . THANK YOU !
そしてDJ EMMA、CEVIN FISHERともに最高のDJでした。
途中のTROUBLEHOUSE的な事件もミラクルな解決のもと何もなかったかのように、
さらにPARTYの流れに拍車をかける事になりました。
すごい。とはいっても、いた人にしかわからないのがPARTY の良さでもあります。
一部、YOUTUBE映像にてご紹介しマース。
HOUSE MUSIC ALL NIGHT LOOONG !

7月17日、丸の内ハウス内に音楽をテーマにした新たな遊び場 
"ROCK AROUND THE CLOCK "がオープンしました。
http://www.shinmaru.jp/index2.html
2.jpg

ROCK AROUND THE CLOCKといえば、あの名作"AMERICAN GRAFFITI"でも
使われていた曲名ですね。この映画はなんと若き日のRICHARD DREYFUSSが出てて、
WOLFMAN JACKというDJ(ラジオのね)のシーンや、ローラースケートをはいたウエィトレスがいるMELS DRIVE INのシーンやら、とにかく素敵な映画でした。
それもそのはず、GEORGE LUCASとFRANCOIS COPPOLAによる作品なんですよね。
アンアンでこの映画の事を知って、とにかく見なきゃヤバいと思った中学生の私は
塾をさぼって見に行き、またまたすぐにそれがばれてしまい、すごく怒られた記憶があります。ははは。しかし、とにかくこの映画の内容にびっくりし、アメリカの学生はこーんな生活を送ってるのか!と愕然としました。このあたりから私のアメリカへの興味が加速して行ったのかもしれません。
直後にサントラ版を買い、それはそれはすり切れるまで聞きました。 今でも持ってます。

AMERICAN GRAFFITIジャケ.jpg

なので、この店名にはすごく反応してしまい、どういうお店になるんですか?と聞いたところ音楽がテーマで、ROCKのみならず、何か新しい事を始めようというムーブメントをテーマにしていきたいという事でした。なるほどね

オープニングイベントは立川直樹氏による1969
TOKYO1969
1969年、携帯電話はもちろんインターネットもコンビニもなかった。
東大安田講堂に学生が立てこもり、
新宿西口広場にはフォークゲリラが集合。アポロ11&12号が
続けて月面着陸に成功し、ビートルズには解散説が流れ、
40万人もの大観衆を集めた伝説のウッドストック・フェスティバルが
開催された年。人はみな街へ出かけ、もしかしたらロックで世界が
変えられるかもしれないと誰もが一瞬本気で考え夢みたあの頃。
若者を中心に今までには無かったサブカルチャーのムーブメントが
爆発していたあの時代。
1969年から40年を迎えた今年、当時20歳でそんな熱い時代の渦中にいた
立川直樹が、当時の東京の風俗、流行、気分を現代に伝える1冊
「TOKYO 1969」(日本経済新聞社)を発表しました。
そこに描かれているTOKYOのファンタジー。
1969年は、間違いなくそこから何かを作った、はじまりの年だったのです。
ロックと映画・アートがひとつになって起こってきた、大きな爆発。
ROCK AROUND THE CLOCK「 TOKYO 1969」はその時代に
タイムスリップできる夢の空間です。時間旅行を体験してください。
――――立川直樹
4.jpg

この日のDJは西麻布BAR PBのFUKUちゃん。選曲もばっちり!
みんな音楽とお酒を楽しんでました。
来週からLUNCHも始まりまーす。
3.jpg

1 2 3 4 5 6 7 8 9